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【SAKE食堂通信】発酵からひも解く、日本酒と料理の関係

2026.01.23

『SAKE食堂』の料理が、昨秋から新たな変化を遂げています。その中心にあるのが「発酵」というキーワードです。麹、甘酒、酒粕・・・酒造りの過程で生まれるこれらの発酵食材を、料理の核として捉え直す試みが始まりました。


この新しいメニューの監修を手がけているのが、ミシュラン二つ星を獲得する名店『京料理 たか木』の高木一雄シェフです。日本料理の伝統に深く根ざしながら、同時に世界各地で料理を提供してきた高木シェフ。その視点は、『SAKE食堂』という場所に、これまでにない奥行きをもたらしています。

世界を巡る料理人が、いま「発酵」に立ち返る理由


高木シェフは、これまでヨーロッパやアジア、アメリカ、中東など、さまざまな国や地域で料理を提供してきました。異なる文化や価値観の中で、日本料理をどう伝えるか。その問いと向き合い続けてきた料理人です。


「海外に行けば行くほど、日本の発酵文化は特別なものだと感じます」と高木シェフ。日本の発酵食の文化は世界のトップシェフたちからも注目されているといいます。


「韓国のキムチやタイのナンプラーなども発酵食材ですし、アジアには元々発酵文化が根付いていますよね。ただ、麹を使った発酵というのは日本独特の文化。欧米のシェフたちからの関心は特に高いと感じています」とご自身の経験を語ってくれました。


「例えば、欧米では肉を食べる時に必ずしっかりとしたソースをつけて食べますが、肉に麹を漬けて焼くと、その肉自体が旨みを持つのでソースがほとんど要らないんです。以前フランスで行った食事会ではお出汁で肉を食べる料理をつくりましたが、お出汁そのものには濃い味がついていないのに、麹漬けしたことで“体験したことのない肉の旨みと柔らかさだ”ととても喜ばれました」。


世界的にみても貴重な日本の発酵食。麹からできる日本酒も、その文化の一端を担っていると言っても過言ではありません。「世界中のお客様に日本酒を広めたい」という農口杜氏の思いは、当蔵の大きな指針。金沢駅構内という多様な人々が行き交う場所で、『SAKE食堂』の料理を「発酵」という視点から組み立て直す―その発想の背景には、高木シェフが世界で積み重ねてきた経験があります。

日本酒を“引き立てる”ための料理とは何か


『SAKE食堂』において、最も大切にしているのは「日本酒を楽しんでもらうための場」であるということ。料理が前に出すぎてしまえば、酒の繊細な表情はかき消されてしまいます。しかし、ただ脇役に徹するだけでは、日本酒の魅力を十分に引き出すこともできません。


「日本酒に寄り添いながら、飲み進めるほどに味が立ち上がってくる料理を考えています」と話す高木シェフ。


「『SAKE食堂』は立ち飲み処という、農口杜氏のお酒をカジュアルに楽しめる場。そこには、農口尚彦研究所のものだけと言ってもいろんな種類の日本酒があるので、どのお酒と合わせても楽しめるような料理を考えていました」。


そこで重要な役割を果たすのが、麹や酒粕、甘酒といった発酵食材です。これらは、味を強く“足す”のではなく、素材の中にある旨味や甘みを自然に引き出します。


「発酵食材は、味を押しつけない。だからこそ、日本酒の邪魔をしないんです。日本酒自体も発酵食品なので、合わないわけがないでしょう」と自信を見せます。


『SAKE食堂』の料理に使われている麹や酒粕、甘酒は、すべて農口尚彦研究所の酒造りから生まれたものです。高木シェフは、この食材たちを非常に高く評価し、ご自身のお店や海外での食事会などでも使ってくださっています。


「酒造りのための麹なので、一般的な麹とは性格が違うんですよ」と、そこには理由があるようです。

麹の科学―発酵をロジカルにとらえる


酒造りは「一麹、二酛、三造り」といわれますが、農口杜氏は「一麹、二麹、三麹」と口にするほど酒造りにおいて麹を重要視しています。

日本酒における麹づくりは、酒の設計そのものを左右する重要な工程であり、酒造りのための麹――酒麹は、一般的に料理などで使われる米麹とは目的が異なるのです。


酒麹の役割は、米のデンプンを分解し、酵母が利用できるグルコース(糖)を生み出すこと。

そして、そのグルコースを酵母がアルコールへと変えていく。この二つの反応が同時に進む、日本酒特有の仕組みが並行複発酵です。


酒麹は、この並行複発酵を安定して、かつ力強く進めるために設計されています。

酵素の出方、糖化のスピード、グルコースの供給量。それらのバランス次第で、発酵は大きく姿を変えます。

とくに当蔵の日本酒のようにアルコール度数が高めの日本酒を造るには、酵母が途中で失速しないよう、持続的に糖を供給し続ける麹が不可欠なのです。


麹の質は、そのまま酒の骨格や深みへと直結します。当蔵の麹室での作業は、麹菌の状況に人間が合わせて行うため、昼夜を問わず付きっきりになるので、睡眠も不規則になる厳しい仕事です。しかし、その繊細な作業こそが良質な麹と旨い酒を作り出すのです。


「農口さんの麹は、分解力がまるで違います。お酒を造るためにはグルコース(糖)をたくさん出さないとアルコールにならないですからね。特に甘みは顕著に表れます。甘みの立ち上がり方、旨味の深さが、料理にしたときに他の麹と違うんですよ」。


高木シェフの料理は、感覚だけに頼るものではありません。むしろ、その根底には非常に理論的な思考があります。


「料理は科学。発酵も、その科学的な仕組みの掛け合わせで起こる現象のひとつ。温度、時間、酵素の働き方・・・それぞれをしっかりと理解していないと、美味しいものをつくることはできません」。


麹が持つ酵素は、デンプンを糖へ、たんぱく質をアミノ酸へと分解します。この分解の度合いやスピードをどう設計するかで、料理の味わいは大きく変わります。


「甘みが強くても味の邪魔になりますし、分解が足りなければ旨味が出ない。そのバランスをどう取るかが、料理人の仕事ですね」と話す高木シェフ。


その理論的に料理を捉える姿勢は、農口尚彦杜氏の酒造りへの向き合い方と、どこか重なって見えます。

発酵がつなぐ、酒と料理と、その先へ


高木シェフに、農口尚彦研究所の酒について尋ねると、少し考えてからこう答えてくれました。


「多くの日本酒を扱ってきましたが、今は水のようにスイスイ飲めてしまう日本酒もある中で、農口さんのお酒はかなり輪郭がはっきりしている、しっかりしたお酒だと思います。だからこそ実は『SAKE食堂』のような気軽な場にも合うお酒なのかなと。そのイメージで今回新たに「肴盛り」というメニューを考えました。クイッと一杯やりながら、合わせる料理で日本酒の印象も少し変わる、そんな楽しみ方ができます」。


料理は酒を引き立て、酒は料理の背景を広げる。その関係性は、ワインと料理のマリアージュにも通じるものがあります。


「『SAKE食堂』では、その関係を、難しい言葉ではなく、体験として感じてもらえたらいいですね」と高木シェフ。


『SAKE食堂』は、日本酒を「学ぶ」場所ではありません。しかし、ここで食べ、飲むうちに、日本酒がどんな思いや考え方をもって造られているのか、自然と伝わってくる場所です。麹の甘みや酒粕の香り、甘酒のやさしさ。そのすべてが、グラスの中の酒と静かにつながっています。


世界を巡ってきた料理人と、日本で酒を醸し続ける杜氏。

二人の思想が交わることで、「発酵」という貴重な日本の食文化の魅力が、少しでも多くの人々へ伝わる場になればと思います。

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